無我夢中で繰り出した父親譲りの強烈なサッカーボールキックで、2万人を超える大観衆が見守る総合格闘技デビュー戦で痛快無比な勝利をもぎ取った。
年末を彩る総合格闘技イベント「RIZIN.33」が31日、さいたまスーパーアリーナで開催され、日本サッカー界のレジェンドにして54歳の現役最年長選手、FW三浦知良(横浜FC)の次男、三浦孝太が地下格闘技などで実績を残してきた元ホストのYUSHIと対戦。1ラウンド3分ちょうどでのTKO勝利で、プロ格闘家として第一歩を踏み出した。開始直後に見舞われた飛び膝蹴りを冷静に見切った孝太は、激しい打撃戦から持ち込んだグラウンドの攻防で圧倒。最後は、胸へのサッカーボールキックから右ストレートを叩きこみレフェリーが試合をストップした。
気がついたときにはサッカーボールキックを繰り出していた。しかも、利き足とは逆の左足で。明星学園高卒業後に本格的に格闘家の道を歩み始めるまで、父親の背中を追うようにサッカーボールを追いかけていた日々に孝太は感謝の思いを捧げた。
「正直、サッカーボールキックの練習はあまりしていませんでした。そんなに簡単にチャンスは来ないだろうと思っていましたし、サッカーボールの位置に相手の顔を来させる過程が何よりも一番難しい。なので、最後はとっさに身体が動いた感じです」
千載一遇のチャンスは、1ラウンドの残り数秒で訪れた。
激しい打撃戦から持ち込んだグラウンドで孝太がギロチンチョーク、三角締め、腕ひしぎ逆十字固めを立て続けに繰り出した。レフェリーの指示で両者が離れた直後に、ギロチンチョークですでに意識が朦朧となっていたYUSHIに隙が生じた。
左足を一閃すれば決定的なダメージを与えられる位置にYUSHIの頭が見える。ただ、父と同じフォワードでプレーしていたサッカー少年時代から、利き足とは逆の左足のキックをあまり得意としていなかった。それでも、孝太に迷いはなかった。
「サッカーのときも身体の左側にボールが来たら、普通に左足を使っていたので。あの場面で右足を使ってサッカーボールキックをしようとすれば、むしろバランスが崩れてしまう。なので、あの場面ではサッカー時代の動きが生かされたのかなと」
孝太の左足はYUSHIの頭ではなく胸にさく裂する。たまらず表情を歪め、さらに右ストレートが左側頭部にヒットした直後にレフェリーが試合を止めた。もっとも、公式記録の「勝敗の決定」には「TKO」と「グラウンドキック」と綴られていた。
日本サッカー界のレジェンドにして54歳の現役最年長選手の二世が、父親譲りのサッカーボールキックで注目のデビュー戦を飾る――間違いなくこう報じられる状況を正直、どのように思うのか。試合後の記者会見で孝太は胸を張って答えた。
「この舞台に立たせてもらうからには、勝つのはもちろんですけど、格闘技界を盛り上げることも意識しなきゃいけない。そのために自分の名前がそのように使われるのは、実力がない以上は仕方がないというか、むしろ望むところという感じです」
コートと帽子を白で統一した出で立ちで、夫人のりさ子さんとともにリングサイドで観戦していたカズへ、リスペクトの思いを捧げながらデビュー戦を戦った。
まずは入場曲。カズが毎年キャンプ地に映像を持ち込むほどの大ファンで、孝太自身も父の影響を受けて好きになった映画『男はつらいよ』のテーマ曲を選んだ。
大晦日を前にして『男はつらいよ』シリーズの舞台になった柴又帝釈天を訪ねた。購入した必勝のお守りを介して、下積みもなしにいきなり「RIZIN」でデビューする道に当初は難色を示したカズから、最終的に伝授されたイズムを思い出した。
「お父さんからは『決まったからには堂々としていろ』と言ってもらいました。プレッシャーはまったくなくて、逆に心配になるぐらいでした。正直、サッカーで勝ったときよりも今日の方がはるかに嬉しいし、いままで生きてきて一番嬉しい瞬間でした」
9月の「RIZIN.30」で大晦日でのデビューが発表されると、驚きの声とともに批判や誹謗中傷も孝太のもとへ届いた。当初はカズも、世間に「親の七光り」と受け止められる状況を懸念していたのだろう。それでも孝太は日々鍛錬を積み重ねながら、金言を授けてくれたカズの生き様を思い出し、プロ格闘家として第一歩を踏み出す力に変えた。
「お父さんとお母さんがすごい偉業を成し遂げてきてくれたから、自分は今回の舞台に立てたと思っています。小さなころはお父さんのすごさが頭にありながら学校で問題を起こすなど、悲しませるようなことをしてしまった。それでも自分を見捨てずに、こうしてデビュー戦を応援しに来てくれたことに、いまは感謝の言葉しか思い浮かびません」
ラウンドが終わると同時に勝利を手にした孝太は、実は思い描いていたパフォーマンスの一部を逡巡した末に封印している。ゴールを決めた父が代名詞としてきたカズダンスをリング上で舞わずに、右手を突き上げるフィニッシュだけにとどめた。
「ちょっと悩みましたけど、カズダンスは長年にわたってサッカーを誰よりも愛してきたお父さんが、ファンの方々と一緒に作り上げてきたものなので。僕が簡単に踊っていいものではないと思い、最後のポーズだけを真似させてもらいました」
こう語った孝太は、すぐにリングサイドに降りてカズの胸へ飛び込んだ。感極まっていたからか。熱い抱擁を交わした間にかけられた言葉は「おめでとう」しか覚えていない。瞳を潤ませている母親のりさ子さんとも抱き合った孝太は、再びリングに上がった後のマイクパフォーマンスの最後にこんな言葉を発している。
「格闘技界のキングになれるように頑張るので、僕のファンになってください!」
カズの前に初めて「キング」が添えられて、30年近い歳月がたとうとしている。アリーナを魅了する戦いを演じた次男から、畏敬の念とともに“枕詞”を拝借されたカズは、手に汗握る熱戦を繰り広げた対戦相手へ粋な計らいを見せていた。
「白い服装なのに、試合後には血だらけの僕にハグしてくれたんです」
YUSHIが嬉しそうに明かした。強敵を抜きにして好勝負は成立しない。そして、グッドルーザーの存在が勝者をさらに成長させてくれる。ブラジル時代から勝負の世界を駆け抜けてきたからこそ、カズはYUSHIを抱きしめて感謝の思いを伝えた。
日付が2022年の元日に変わってから大会を総括した、榊原信行CEOは「圧倒的に印象に残ったのは三浦孝太ですね」と称賛した。端正なマスクとポテンシャルあふれる戦いぶり、ドラマのようなフィニッシュ。そのすべてがスター候補にふさわしい。
榊原CEOは、今後は選手の再生や発掘、育成などをテーマにして昨年11月に神戸からスタートしたオクタゴンでの戦い「TRIGGER」大会に孝太をコンスタントに出場させていく方針を明らかにした。
「何よりも実戦が強くなるための最も早い道だと思いますので、(BRAVEの)宮田(和幸)コーチとも話をしながら、まずはTRIGGERのエースにするべく、素晴らしかったデビュー戦に続く2戦目を早いタイミングで組めたらいいなと考えています」
2月23日に、次回の「TRIGGER」大会を静岡エコパアリーナで開催することが決まったことも発表された。ここが注目の2戦目になる可能性もあるなかで、孝太自身は足元および現在地をしっかりと見つめている。
「自分としてはこのRIZINの舞台が一番好きなので、また話をいただけたらチャンスをつかんでいきたい。ただ、終わった後は想像以上に腕などが疲れていた。実際ならば5分3ラウンドなので、それに対応できる身体を作っていかないといけない。とにかく過信することなく、コツコツとやっていきたいと思っています」
ともに総合格闘技のデビュー戦とあって、YUSHI戦は3分3ラウンドが採用された。レベルをあげた先にはもっと、もっと過酷で激しい戦いが待つ。身長175cm体重66kgの身体に宿る能力を「普通です」と公言する孝太は、冒険にも映る挑戦を地道な努力を積み重ねて進んでいく姿勢もまた、父親の背中から学んだと語ったことがある。
「お父さんも身体能力は普通だけど、努力で夢をかなえてきたと言ってくれました。僕もその血を受け継いでいるので、どんな冒険になっても大丈夫です」
真剣勝負が無傷で済むはずがないと、病院で正月を迎える覚悟で臨んでいた孝太は、正月の予定を「いっさい決めていない」と苦笑いする。第1試合で登場した「RIZIN.33」を勉強のために最後の第16試合まで見届けたホープは、おそらくは家族と過ごす2022年の幕開けを新たなエネルギーに変えて、プロ格闘家の道をさらに力強く歩んでいく。