男性コーチが部員に暴行を加えている動画がネット上で拡散され、炎上している熊本県八代市の私立秀岳館高校サッカー部をめぐる騒動が22日、新たな展開を見せた。
八代警察署がコーチや部員への聞き取りを始め、書類送検を視野に入れて捜査を始めたと報じられたなかで、サッカー部が公式ホームページ上で騒動を謝罪。さらにサッカー部の公式ツイッターと同インスタグラムが更新され、キャプテンをはじめとする部員が顔と名前を明らかにした上で、騒動に言及する動画が公開された。
動画では暴行を受けた部員が経緯を説明した上で、自分に非があると謝罪。最後にキャプテンが「毎日のように暴行が行われているなどと誹謗中傷を受け、それによりサッカー部は苦しんでいます」と訴えたが、当事者であるコーチを含めた、説明責任のある学校関係者が沈黙を貫く不可解な状況に、さらに批判が殺到する状況を招いている。
「自分たちの仲間たちが、たくさんの誹謗中傷にあっています」
2分20秒の動画は「秀岳館サッカー部選手から皆様へ」と題され、さらに「今回の件で自分達選手が今思っていること、感じていることを聞いてほしいと思います」と綴られた上で、22日夕方にサッカー部公式ツイッターとインスタグラムへ投稿された。
前後2列に並んで登場したのは11人。冒頭でキャプテンが今回の騒動で世間を騒がせたと謝罪し、深々と頭を下げた後にこう続けた。
「いま世間に広がっている情報のなかには事実と異なる点があるので、お話しさせていただきます。この動画を拡散してください。よろしくお願いします」
続いて別の部員が暴行を受けた当事者だと明かし、その上で「本当のことを説明するためにみんなに協力してもらい、集まってもらいました」と経緯を説明した。
「学校から帰り、寮の鍵がなかなか開かず、感情的になってコーチをばかにするような発言をしたのが今回の原因です。また、SNSなどで『暴力が日常茶飯事』だと書いてありましたが、それは違います」
さらに2人の部員が一歩前へ出て、問題の動画を撮影し、暴行場面を切り取ってSNSへ投稿したと告白。21日夕方にオンエアされたテレビのニュース番組で取り上げられ、一気に拡散された結果、さまざまな方面に迷惑をかけたと謝罪した。
「監督に相談することを考えていましたが感情的になってしまい、SNSに投稿してしまいました。それにより、事実と異なることがマスコミによって報道されてしまいました」
一人がこう説明すれば、もう一人もこう続けた。
「そのために自分たちの仲間たちが、たくさんの誹謗中傷にあっています。正直、ここまで大きなことになるとは思っていませんでした」
最後に再び一歩前に出たキャプテンが「いま話したことが、すべての事実になります」と総括。特に入学したばかりの1年生の保護者に心配をかけていると謝罪し、全員で頭を下げた後に、さらにサッカー部を代表してこう言及した。
「いまSNSなどでは毎日のように暴行が行われているなどと誹謗中傷を受け、それによりサッカー部は苦しんでいます。また、必要以上に報道陣の方々が集まってきていることで、不安や恐怖を抱えている生徒もいます。これから僕達サッカー部は、サッカーを通じて信頼回復に励んでいきます。これから自分たちが成長し、未来を変えるために一致団結してサッカーに取り組む姿を見ていただければ幸いです」
すべてを視聴した後に残ったのは、例えようのない違和感だった。
ネット上で拡散されて炎上を招いた動画には、後ろ向きに立たせた生徒を、男性が何度も蹴っているシーンが収められていた。思い切り蹴り上げられた生徒の体は何度も浮き上がり、見守っている別の生徒の「ヤバくね」という声も拾われている。
別の動画には同じ男性が生徒の背中を、右拳を大きく振りかざし、勢いをつけた上で殴りつける様子もはっきりととらえられていた。理由はどうであれ男性による一連の行為は指導の域をはるかに超越した、傷害事案にあたる暴行となる。
地元メディアの報道によれば、動画が撮影されたのは20日夕方で、場所は秀岳館高サッカー部の寮内。男性は30代の同校教諭でサッカー部のコーチ、暴行を受けた生徒は3年生部員で、前者は21日から自宅待機を命じられているという。
学校側の対応はどうか。22日時点では男子サッカー部公式ホームページ内に「関係者の皆様へ」と題された、次のような文言が掲載されているだけだ。
「このたびは世間をお騒がせしてしまっていることを深くお詫びいたします。現在、学校と連携して調査を進めております。保護者の皆様、地域の皆様にはご心配、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
調査を進めている段階で、なぜ部員たちによる謝罪動画が公開されたのか。ネット上に一度投稿され、拡散された動画は完全には消去できない。未成年の顔や名前がさらされ続ける状況は、さまざまなリスクをはらむ。この点にまず違和感を覚えた。
公式ツイッターやインスタグラムは、部員が中心になって運営しているという。そのSNSの管理を学校側がどうしていたかは不明だが、子どもたちの未来を守る教育者としての観点で事前にやめさせるか、あるいはすぐに削除するといった対処ができなかったのか。残念ながら23日未明の時点でも、投稿は拡散され続けている。
対照的に当事者である男性コーチだけでなく、男子サッカー部の段原一詞監督も、さらには中川靜也校長兼理事長も口をつぐんでいる。この状況にも違和感を覚えずにはいられない。部員たちを矢面に立たせた、と指摘されても反論できない状況に、リツイート数が7500件を大きく超えたツイートにはこんなコメントが寄せられている。
「被害者が謝罪を強要され、加害者が一歩も表に出てこないの怖すぎだろ」
「まともな判断が出来る大人はこの組織に居ないのかな?」
「新しいタイプの教育虐待だなぁ」
「学校が正式に発表するなら分かるがこれ、誰の指示?これはいかんと思うぞ」
「大人の不祥事の火消しのために子供を盾にするとかろくでもねえなこの学校」
秀岳館高は1923年に八代町立代陽実業補習学校として開校し、2001年から現在の校名になった。春夏合わせて甲子園に6度出場した男子硬式野球部は、2016年春、同夏、2017年春と続けてベスト4へ進出した実績を持っている。
2014年度の全国高校選手権大会で初出場を果たした男子サッカー部も、県内有数の強豪校として知られる。全国選手権で準優勝した大津に大敗したものの、昨年度の熊本県大会でも決勝へ進出。昨年度の部員数は約200人を数えていた。
5月下旬からはインターハイ予選が開幕するなかで、うがった見方もできる。今回の一件で学校側の責任を問われ、サッカー部の活動停止や出場辞退となる状況を好ましく思わない部員や保護者がいる場合にはどうなるか。ツイートに寄せられたコメントには、日本社会独特の同調圧力が11人に働いたのでは、と勘繰るものもあった。
「間違った状況に勇気を出して抗議したことが『調和を乱した』ことになり、『お騒がせして申し訳ありません』と謝罪させられることになる」
現段階で言えるのは、SNSの公式アカウントへ動画を投稿した11人がさまざまなプレッシャーにさらされているということだ。たとえ本人たちの意思で行ったこどだとしても、子どもだけの問題に矮小化させてはならない。教育に携わる者として学校側がしっかりと事態を解明した上で見解を示すべきだし、何よりも11人の心をケアしなければいけない。
報道によればサッカー部は23日に保護者会の緊急役員会を開き、段原監督が事情を説明。週明けの25日には学校側が学年ごとに集会を行うという。しかし、明らかに一線を越えた行為を働いている明確な証拠がある状況で、被害を受けた側が謝罪する不可解な展開は、さらなる批判が殺到するなど、火に油を注ぐ事態をすでに招いている。