日立製作所が英国の子会社ホライゾン・ニュークリア・パワー経由取り組んでいたウィルヴァ・ニューウィッド原発(1、2号機合計276万kW)の開発を一旦停止すると発表したのは、2019年1月だった。当時ホライゾンのCEOは、「事業継続により一日あたり100万ポンド(1億3,500万円)の資金流出が続くので、英国政府との資金に関する合意得られるまで凍結する」と述べていた。
今年8月には、ホライゾンは近々開発業務を再開する見込みと英国で報じられたが、予想に反し9月中旬日立は英国の原発事業からの撤退を発表した。ウィルヴァ事業に加え、計画されていたオールドベリー原発(合計276万kW)からも撤退するので、合わせて英国の電力需要の10数%を担う予定であった事業が宙に浮くことになった。
現在英国で稼働している原発15基(合計約900万kW)は、2025年までに約半数が、2030年には大半が閉鎖される予定だ。温暖化問題に極めて関心が高い世論もあり英国政府は原発の新設に力を入れている。しかし、2018年11月の東芝のムーアサイド原発計画からの撤退に日立が続いたことに加え、今後進む中国資本による建設についても国内で懸念する声も高まっている。英国の原発建設はどうなるのだろうか。
東芝、日立が英国の原発事業から撤退したように、民間企業による海外での原発建設は難しくなっている。その最大の理由は、工費増大と工期遅れのリスク負担が事業者には難しくなっていることだ。一方、ロシア、中国、韓国企業が建設している原発では工費、工期の問題はほとんどないようだ。露中韓企業の事業と欧米の事業では何が異なるのだろうか。その答えは工事経験の継続にありそうだ。
日本国内での新設が中断し、海外事業からも撤退が相次ぐ日本企業は、建設の経験と技術を徐々に失う懸念がある。これから世界の原発建設はどう進むのだろうか、日本企業は一端を担うことができるのだろうか。
温暖化問題に関心が高い英国民
昨年3月英国ビジネス・エネルギー・産業戦略省(BEIS)が行った調査では、英国民の35%が温暖化問題に非常に懸念をもっている。かなり懸念していると答えた人を加えると80%が懸念を抱いている。温暖化は人為的活動により引き起こされているとしている人は48%、人為的活動と自然の変化によるものとする人が40%。家庭で節電を行っている人は56%、車の使用を控えている人は51%もいる。
世論もあり英国政府は多くの分野で低炭素化を進めている。内燃機関自動車の販売は2040年に終了し、輸送部門を電気あるいは水素に切り替える予定だ。古い建物が多いビル・住宅の改装、省エネ化も進めるが、2019年英国の二酸化炭素(CO2)排出量の3億5150万トン(速報値)の内5740万トン(16.3%)を占める電力部門のCO2削減が重要になる。
英国は発電の大半を国産エネルギーの石炭で賄っていたが、採炭条件の悪化が著しくなった1980年代に石炭産業を民営化し高コストの坑内掘り炭鉱と石炭火力発電所の閉鎖を進めた。結果、電力部門のCO2排出量は、1990年の2億300万トンから大きく減少したが、英国が目標とする2050年純排出量ゼロのためには、さらに電力部門の低炭素化を進める必要がある。そのカギは原子力発電所の新設だ。BEIS調査では原子力発電支持の比率は35%、反対は23%、どちらでもないが38%だ。原子力発電に関する英国民の意見は通りだが、原子力は信頼できると考える人が48%、そうでないという人は13%であり、原子力発電に対する英国民の支持は強い。
原発は気候変動に役立つと考える人が33%に対し、そうでないが19%もいる。CO2を排出しない原発を気候変動に役立たないと考える人が結構多いのだが、今年英国機械エンジニア協会が行った調査では、原発を低炭素電源と理解していた人の比率は48%、男性60%に対し女性38%、18歳から24歳では26%しか理解しておらず、年齢が上昇するに従って理解度も上昇している。
原子力発電所の新設を進める英国政府
英国は輸入を含めた電力供給の内約15%を原子力発電に依存している国だが、最も新しい設備でも運転開始は1989年、30年以上前だ。温暖化対策も考えると新設が急がれることとなり、英国政府は計画を進めている。その第一号が現在工事が進められているヒンクリーポイントC発電所だ。設備能力は、1,2号機合わせ344万kW、英国の電力需要の7%、8%を賄うことになる大型プロジェクトだ。1号機は25年、2号機は26年運転開始予定になっている。
この建設に際し開発主体EDF(フランス電力)と英国政府間では発電された電力を35年間にわたり1000kW時当たり92.5ポンド(12.5円/kW時)にて買い取るCfD(差額保証契約)と呼ばれる契約が締結されている。当初の建設予定費180億ポンド(昨年9月の見直しで215億から225億ポンド‐約3兆円に修正されている)に対し810億ポンド(10.9兆円)が支払われることになり、高収益を保証しているとの批判もあったが、開発主体も大きなリスクを取っている。
英国政府との契約の詳細は開示されていないが、リスクとして考えられるのは工費の増大と工期の遅れだ。完成予定から4年経てば、自動的に35年契約が開始されることになり、工期が4年以上遅れれば支払期間が徐々に短くなる。加えて工期が8年遅れればCfDの保証がなくなる条項があると言われている。EDFが手掛けるヒンクリーポイントCと同型のEPR(欧州加圧水型炉)の建設は、中国では既に2基が予定通り完成し稼働しているものの、フィンランド、フランスの建設工事は予定より大幅に工期が伸びている。
中国広核集団(CGN)が2015年ヒンクリーポイントC の33.5%の権益を取得すると発表したが、政治体制が異なる国が基幹エネルギーの権益を取得することが問題となり、英国政府の承認にはほぼ1年を要した。同時に中国企業が、今後英国にて新規原発の建設を主体的に進めることも認められたが、英中間に隙間風が吹き始めたため先行きは不透明になってきた。
日立の撤退と英国電力供給の今後
ウィルヴァ原発に関する日立への英国政府提案は次の内容だったと報道されている。
(1)英国政府が3分の1の権益を取得する
(2)英国政府が建設資金を融資する
(3) CfDの価格として1000kW時当たり75ポンド(10.1円/kW時)を保証する
英国政府は、ヒースロー空港拡張、水道事業のインフラ投資に利用した規制資産ベース(RAB)モデルも検討したが、日立への提案はなかったとされる。RABモデルでは建設中の費用も利用者から徴収することになるので、投資額が上振れした際には電気料金上昇を招く点が問題だったのだろう。
上述の英国政府提案でも日立は建設に踏み切れなかったことから、英国政府が建設を行い事業者への設備譲渡も検討すべき段階にきているとの報道もあった。ヒンクリーポイントCの建設を行っているEDF、CGNともに国営企業であることから、これからは国がバックについていなければリスクを取ることは難しいとの声もでている。今後の英国の原発計画には全て中国CGNが関与しているが、中国企業を関与させるべきではないとの声も強くなってきた。
香港国家安全維持法、新型コロナの初期段階での情報隠し報道、ウイグル問題などで中国に対するイメージが悪化していることに加え、中国の関与により知的財産・原子力技術流出、企業に悪影響を及ぼす懸念があるので、中国企業の参加については見直すべきと保守派政治家などから指摘された。英国政府は5G通信網からファーウェイ排除を決めたのに続き、CGN主導のブラッドウエルB原発建設についても見直す計画と報道されている。逆に、中国が英国の原子力発電事業への投資を取りやめるとの報道もあり、今後の英国の原発建設には不透明感が漂い、英国政府は悩みを深めそうだ。
これからどうなる世界と日本の原発、経験と新技術
最近完工した世界の原発のリストは通りだ。欧州では原発の工費、工期の増大が言われているが、リストに記載されている工事に大きな遅れはなかった。リストの事業を手掛けているのは、ロシア、中国、韓国企業だ。欧州の原発建設工事で工期の遅れを出しているEDFと何が異なるのだろうか。
EDFが手掛けているフィンランド・オルキルオト3号機の工事が当初遅れた時には、EPRが新型炉であるためと言われていたが、中国で建設されたEPRは遅れもなく完成した。EDFがロシア企業などと一番異なる点は、工事を継続して行っているかどうかだろう。中国もロシアも韓国も自国を含め原発の建設が続いている。原発新設が長く停滞した欧米諸国とは、工事の経験が異なっている。
日本でもかつては建設が続いていたが、福島第一原発の事故により新設が止まってしまった。再稼働にも時間が掛かっており、現場の知見も失われつつあるだろう。建設中断の期間が長くなると工事経験を失うことになる。原発抜きで温暖化対策を進めることは難しいと国際エネルギー機関は見ている。温暖化対策上今後も新設が必要な中で日本も現場を含め技術の維持が必要だ。
米国を初め世界の多くの国では、いま小型炉(SMR)の検討が進んでいる。工費が安く、工期が短く、例えば電源喪失時に自然対流で冷却が可能になるなど安全性に優れているからだ。米原子力規制委員会の審査が最も進んでいるのはニュースケールパワーのSMRだが、既に幾つかの国が自国での建設に関心を表明している。ビル・ゲイツが出資し会長を務めるテラパワー社の新型炉も2020年代には実用化を目指しているが、GE日立との共同開発がなされるとの報道が最近あった。これから世界の原発はSMRが中心になる可能性が高いが、日本企業が持つ技術を活かし貢献できる分野の一つだ。